昭和46年の大晦日、レコード大賞(最優秀新人賞に輝く)の会場からパトカーに先導され、宝塚劇場へルミ子は急いだ。
「私の城下町」で、紅白に初出場なのだ。
出番は紅組のトップバッター、時間がない。
会場に到着するやいなや、メイクに着替えにてんてこ舞である。
ところが何としたことか、紅白初出場のお祝いに、Wプロ社長の肝入りで特別に誂えたドレスがない。
担当スタッフが事務所に置き忘れたのである。
取りに戻っても、もう間に合わない。
関係者全員、顔面蒼白になった。製作部長はマネージャーを怒鳴りつけ始めた。
マネージャーはクビを覚悟した。
だがこの時、関係者の苦衷を察したルミ子は、
「私、この(レコ大の)ドレス大好きなんです。このドレスで唄いたい」
と言って、舞台に立ったのだ。大歓声がルミ子を迎えた。
楽屋の関係者一同、救われた思いでホッとすると同時に、ルミ子の思いやりに感動したという。
まだ少女であったルミ子の優しい人柄を表すエピソードとして、今も語り継がれている。
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「あらあら、ルミ子ちゃんのドレスがつぶされちゃうわ」
彼女は、紅白会場行きの荷物の山の下の方から、白い衣裳箱を取り出して、上の方に置き直そうとした。
その刹那ー
熱く、冷たい、真っ黒なトゲが彼女の体中を走った。
胸が焦げるように痛い。
部屋の外からマネージャー達の小走りの足音が迫る。
なにかに取り憑かれたように、彼女はルミ子の衣裳箱を
窓際の棚に置いた。
慌て顔で若いマネージャーとドライバーが部屋に入ってきた。
「ドライバーさん、こっちの荷物が紅白行きだ! よろしく」
マネージャーは、荷物の山と棚の間に立っていた。
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ルミ子のせいよ
ルミ子が来てからというもの、彼は私を見詰めなくなった
悔しい、許せない、許せないワ
チ、違うワ、違う
私は何もしていない、お荷物を整理しただけよ
そうよ、あの棚は紅白の荷物の置き場なのよ
きっとそうだワ、きっとそうだワーーー
彼女は暗い台所の隅で、嫉妬と後悔に激しく泣いた。
女は愛に生き、愛に死ぬ。
狂わんばかりに。
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彼は今は亡く、
彼女ははるか遠い
軋轢があったにせよ、ルミ子にとって自分をスーパースターに導いてくれた人々である。
ルミ子は自分に向けられた悪意を、赦すに違いない。
ルミ子が幼い頃、父母と遊んだ室見川の清らかな流れに、
恨みも憎しみも全て流し去ったのではないだろうか。
感謝の心を捧げて。
唄ってよ 愛の歌を
唄ってよ 天使のように
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