柘信は皓々たる月明かりの中 日誌に記録した
「・・・南至邪馬台国 女王之所都 水行十日 陸行一月・・・」
きっと明日 邪馬台国に到るはずだ
美貌の女王 卑弥呼が治めるという国 邪馬台国
翌朝早く 一宿を貸してくれた浜辺の倭人に礼を言うと 柘信は日の出を左に見て出発した
心が逸る
太陽が南中する頃 柘信は小さな丘を越えた
竹林の向こうに緑一色の豊かな水田が拡がる 赤や黄の作物のなる畑も 土が真っ黒だ
水量豊かな川の畔で 牛や馬が遊んでいる
水田の端に見える集落に向かおうとした時
柘信はふと立ち止まった
暖かい風にのって女の唄声が聞こえる
なんという美しい唄声か
♪ 愛するほどに 愛されたいと
想う女は愚かでしょうか
いとしき人にこの胸を
ひろげてみたき夏の宵
砂丘に咲きし花のごと
砂に風に夢に吹かれて
ああ みだれ髪
心にかかります
夜空にかかる銀の河
頬に指に星は光りて
ああ みだれ髪
心に流れます
( 小柳ルミ子<みだれ髪>より )
慈愛か 哀しみか
叫びか 憧れか
柘信は陶然として 聞き惚れていた
突然 柘信の胸元に数本の槍が突き付けられた
(この槍は鉄か? まさか!)
誰何された
「私は魏王の使い 柘信という者 貴国の女王 卑弥呼様に魏王の信書を運んで参りました」
柘信は地面に平伏して 覚えて来た倭語を必死に話した
「∮ おお 魏王殿の使いのお方ですか 皆の者 槍をお退きなさい ∮」
柘信は驚いた この国の女王は自分のような身分の低い者にも 敬意を表すのか
卑弥呼は 国民を愛し 国民は 卑弥呼を愛した
卑弥呼の愛情と情熱を 国民は心から敬愛した
柘信は邪馬台国の栄える所以を 即座に理解した
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唄ってよ 愛の唄を
踊ってよ 天使のように
by 柘植信彦