2009年9月18日金曜日

肩車と 愛子       by柘植信彦

室見川にそっくりの川だと、愛子は思った。
幼いころのルミ子を川辺で遊ばせたことが、
昨日のことのように思い出される。

浅瀬に足を入れた。いつの間にか素足だった。
水が冷たい。歩きにくいゴロ石の川床である。
足の調子が思わしくない、困ったと思った。

突然、愛子の体が浮き上がった。
男が肩車をして、川を渡ってくれている。
「あなたは誰?」
愛子は体を傾けて男の横顔を見た。
「みっちゃん!」

自分の宝、ルミ子を、自分の命だったルミ子を
授けてくれた男である。

( 愛子の夫、小柳光義は、幼いルミ子と若い愛子を残し、
結核で他界する。
愛子は苦労に苦労を重ね、ルミ子を歌謡界のスーパースターに
育てる。 )

広い川である。向こう岸が幽かに見える。あれが彼岸なのだろう。
光義は腰まで水に浸かりながら、黙々と愛子を運ぶ。

後方から唄声が追いかけて来る。

♪ 瀬戸は日暮れて  夕波小波
   あなたの島に    お嫁に行くの ♪

ルミ子の唄声だ。
母、愛子の旅立ちにルミ子が此岸から唄い贈っているのだ。

愛子の涙が、ポトリと光義の頭に落ちた。
「愛ちゃん、頭のつめたかバイ。」
愛子は光義の頭を抱きしめた。

「ありがとう、みっちゃん」

♪ 瀬戸は夕焼け  明日も晴れる
   二人の門出   祝っているわ ♪

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