室見川にそっくりの川だと、愛子は思った。
幼いころのルミ子を川辺で遊ばせたことが、
昨日のことのように思い出される。
浅瀬に足を入れた。いつの間にか素足だった。
水が冷たい。歩きにくいゴロ石の川床である。
足の調子が思わしくない、困ったと思った。
突然、愛子の体が浮き上がった。
男が肩車をして、川を渡ってくれている。
「あなたは誰?」
愛子は体を傾けて男の横顔を見た。
「みっちゃん!」
自分の宝、ルミ子を、自分の命だったルミ子を
授けてくれた男である。
( 愛子の夫、小柳光義は、幼いルミ子と若い愛子を残し、
結核で他界する。
愛子は苦労に苦労を重ね、ルミ子を歌謡界のスーパースターに
育てる。 )
広い川である。向こう岸が幽かに見える。あれが彼岸なのだろう。
光義は腰まで水に浸かりながら、黙々と愛子を運ぶ。
後方から唄声が追いかけて来る。
♪ 瀬戸は日暮れて 夕波小波
あなたの島に お嫁に行くの ♪
ルミ子の唄声だ。
母、愛子の旅立ちにルミ子が此岸から唄い贈っているのだ。
愛子の涙が、ポトリと光義の頭に落ちた。
「愛ちゃん、頭のつめたかバイ。」
愛子は光義の頭を抱きしめた。
「ありがとう、みっちゃん」
♪ 瀬戸は夕焼け 明日も晴れる
二人の門出 祝っているわ ♪
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