ルミ子の母・愛子は、初婚の夫・光義に先立たれて後、小柳運送店の従業員だった忠士と再婚する。
愛子は忠士について、次のように述べている。
「忠士は義父として、留美子のために一生懸命な私を助けてくれていました。しかし、やはり血の繋がらない親子のこと、ふたりの間には、本当の父娘のような温かさはありませんでした。
(略)
留美子が中学生の頃、バレエ教室は週に二、三回あったでしょうか。バレエ教室で主役を演じるスペシャルクラスに入っていた留美子は、うちに帰ってくるのが、夜の十時ということがざらでした。
(略)
バレエ教室の外で忠士は留美子が出てくるのを車に乗って待っているのですが、他の生徒達が次々と荷物を持って出てくるのに、肝心の留美子がいつまでも出てきません。
「何しとるんか! 早く出てこんね!」
待ちくたびれてイライラした忠士が、けたたましくクラクションを鳴らして留美子を呼ぶんです。一緒におしゃべりをしているお友達の手前、留美子にしてみれば、そんな義父がおもしろくないいんでしょう。
(略)
聞けば車の中で言い争いになったとのことでした。
(「小柳ルミ子の真実」 小柳愛子著)
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バレエ教室のドアから、タボを結った少女達が三々五々バレエバッグを持って出てくる。
もう夜の十時をまわった。
留美子はまだ出て来ない。
忠士は車の中でつぶやいた。
「お友達とおしゃべりかな。イヤイヤ練習熱心な留美子のことだから、残ってお稽古か、そういえば新しい振りをもらうようなことをーー言ってーーいーー
忠士は、ひたいに冷たく硬いものがあたったような気がした。クラクションがけたたましく鳴った。
睡魔に襲われた忠士のひたいがクラクションボタンにあたったのだ。
「いかん、いかん。運転中でなくてよかった。」 愛子がポットに淹れてくれたコーヒーをフタですする。
明日も暗いうちに起床せねばならない。工事現場が始まる前に、
「1回目の砂利の納品ばせんーーなーーらーー
またクラクションが鳴り響いた。
「お父さん、クラクションば鳴らさんで! 近所の人のヤカマシカて、鶴田先生の怒られんシャーとよ!」
留美子がプンプンしながら後部シートから言った。
「ゴメン、ゴメン」
忠士は早朝からの砂利運送でクタクタなことなど、一言も言わなかった。
どうであれクラクションを鳴らしたのは自分である。
九州男児は言い訳などしないのだ。
留美子は恩人・光義のかけがえのない宝だった。
忠士は宝を託されたのだ。
忠士は黙々と献身した。
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愛を語れなくとも、
人を愛することは出来る。
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