2010年3月21日日曜日

空を翔けて この足で ルミ子

ルミ子は幼い頃、母・愛子にひどい悪態をついたことがあると言う。

「足の不自由な母に対して、幼い私は、『お母さんと一緒に歩くとカッコ悪いから、離れて歩いてよ』
 そう言って私はいつも母の先を歩いていたのです。後から、足を引きずりながらゆっくりゆっくり歩いてくる母の悲しい胸の内なんか考えようとせず、そんなひどい事を言って決して並んでは歩かなかったのです。
 どんなに辛かったでしょう。どんなに悲しかったでしょう。どんなに悔しかったでしょう。
 何てひどい事を言ったのだろうと、私は今、心から謝りたいのです。
『お母さん、本当にごめんなさい。足の痛みよりもっと痛い事を言って悲しませていた事をゆるしてください』」
 (小柳愛子著「小柳ルミ子の真実」のあとがきから抜粋)

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ルミ子がなにか言っているわ
並ばないで ですって?
なにを言ってるのよ 私はルミ子のズーツと前を走ってるのよ

私はルミ子 ルミ子は私
牝鹿のようにはしるわ
日に焼けて フフ 真っ黒な足
強靭な足 凛として

スポットライトが交錯するステージのセンターへ
踊り出るのよ
大歓声が迎えてくれる
命の限り 唄い踊るの
この足が空を翔けるわ
私の愛の歌が 感動の空間に満ちるのよ
人々は 時の経つのを忘れる

それは私 私はルミ子 私の命
いつか きっと
私達の季


ア ルミ子が先に走って行くわ
ホホ まだまだ 私に追いつくには 10年早いのよ

はいはい 先に行きんシャーイ

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愛子の回想録の中に、ルミ子の悪態の場面の記述はない。
ルミ子が悔いて胸を痛めている程には、愛子には応えていなかったのだろう。
いや、愛子には悪態の記憶すらなかったのではなかろうか。

可愛い娘の悪態なぞ、母には幼子の甘え声でしかないのだから。
心の中で、胸の中で、いつも一緒に走っていたのだ。

唄ってよ 愛の歌を
踊ってよ 空を翔けて

                      by 柘植信彦

2010年3月6日土曜日

男達の邂逅 と ルミ子    by柘植信彦

ルミ子の母・愛子は、秋田の尋常高等小学校を卒業すると、岐阜県稲葉郡佐波村の織物工場に働きに出る。そこで愛子は初恋を経験する。

「そんな私は恋もしました。恋といっても本当にプラトニックな淡い初恋でした。自分の故郷を初めて出て外の世界を知った私は、同じ工場で働いている男性を好きになったのです。
 私はその男性に憧れて、私の側をちょっと通りかかっただけで、恥ずかしくて赤くなりました。
 自分の気持ちを打ち明けることなどない恋。どんなことを話したのか、そんなことも覚えていないところをみると、まともに口もきいていなかったのかも知れません。
 しかし、一年経って私が五城目に帰ってから、その男性から手紙が届きました。
『もうすぐ出征します。私にあなたの写真を送ってください』
 私はわずかに蓄えたお金で写真を撮って、岐阜のその男性に送りました。
 戦地からの便りは一度だけ。こんな文面だったと思います。
『送ってくれたあなたの写真を戦友に見せました。みんな、とてもべっぴんさんだと言ってくれたので、私はとても自慢でした』
 そして・・・何の音沙汰もないまま月日が過ぎました。その後、風の便りで戦死なさったことを聞きました。
     (小柳愛子著「小柳ルミ子の真実」から抜粋)

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洗い場で一人の若い飛行兵が食缶を洗っている。
きっと福空(福岡海軍航空隊)に仮在隊している白菊隊だろう。

福空予科練の初年兵だった小柳光義は、
「予科16期、福岡出身の小柳光義です」と叫んで、敬礼した。

若い飛行兵は振り向くと、
「甲飛12期、岐阜出身、白菊隊の稲葉防人だ」と答礼した。

光義は初対面のこの飛行兵に、兄のような親しさを覚えた。

飛行兵は「後は頼んだぞ」と言った。
光義は敬礼のまま「ハイ!」と答えた。

光義は、この飛行兵が散華した後も祖国を護ることを頼まれたのだと考えた。
だが光義には、しかとは判らない何か熱いものが自分に託されたようにも思われた。

祖国と愛は同義である。

光義は滑走路の向こうの宿舎に戻る飛行兵の背に、いつまでも敬礼していた。
星が降るような夜だった。

翌朝早く、白菊隊は沖縄方面に飛び発った。
再び帰還することはなかった。

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大東亜戦争終結後、小柳光義は愛子とめぐり会い、結ばれる。
二人はルミ子を授かった。

 ♪ 戦い敗れた 日本の町に 小さな愛が実を結び
   そして生まれた私たちの 愛がくだける日本海 ♪  (小柳ルミ子「日本海」より」

唄ってよ 愛の歌を
唄ってよ あなたは天使



(注)作中の飛行兵の氏名「稲葉防人」様は、作者による仮名です。 合掌