2009年6月28日日曜日

天使のような子 ルミ子      by 柘植信彦

大正8年(1919年)ロシアのバレリーナ、エリアナ・パブロバは、
ロシア革命の暴虐を逃れ日本に亡命し、福岡の鶴田バレエ団に身を寄せた。
ここで子供達にバレエを教えて暮らしたが、
大東亜戦争のさなか、日本軍の慰問に訪れていた南京で病没した。
日本のバレエの礎となった女性である。

歳月が流れた。

昭和3×年の鶴田バレエ団の発表会は「くるみ割り人形」だった。
子供達の踊りを、菩薩になったエリアナが彼岸から見つめている。

『鶴田先生があの子にネズミの役を振るのにはわけがあるのよ。
あの子がネズミなら、ほかの子供達が、
「あんなかわいくて、踊りの上手な子がやるんだったら、ネズミは悪い役じゃないんだ、きっと」
と思って、ネズミの役を嫌がらないでしょう。
それが鶴田先生のねらいなのよ。
あの子は自分がどんな役でも、発表会が成功することだけを願って、
一生懸命に踊るのよ。
あの子はそういう、心のきれいな子。
天使のような子。
アーッ スリッパを投げられたワ、
うまくよけるのよー(笑)
あの子、お名前は何だっけ、ルウ---ミ、そう、ルミ子チャン』

ルミ子、少女の季である。

(参考)「くるみ割り人形」は、愛の王国が悪の帝国に攻撃されるという物語で、
悪の帝国の兵隊はネズミの衣装で踊り、最後には主人公クララにスリッパを
投げつけられ成敗される。
出演する子供達は悪役のネズミ役になることを嫌がるし、こども達の親も
わが子がネズミ役を振られないよう指導者に働きかけるという。
指導者は誰をネズミ役にするか、頭を悩ますのである。

  ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

2009年6月15日月曜日

ルミ子の祈り  by 柘植信彦

百道の砂浜から、兄鷲達が散華された南の空へ、
そして安らぎの靖国の空へ、
ルミ子の父は手を合わせる。
「雲の墓標」に祈るのだ。

ー吾らに変わりて 代わりなき若き命を
 南海の千尋の底に沈めし若き勇士たちよ
 今日よりは安らけく瞑れー    (特攻碑 碑文)

ルミ子は父を見上げる。
ルミ子は父を真似て、砂遊びの小さな手の平を合わせようとする。
手の平から白い砂がほろほろと落ちる。

合掌する父の姿は、ルミ子の幼い心に刻まれた。

二十数年後、映画「白蛇抄」のラストシーンで、
恋人の振り下ろす鉈の刃の下で、
身篭ったルミ子は嬉しそうに手を合わせる。
何に祈っているのか。

渾身の絶唱「湖の祈り」で、ルミ子は手を合わせる。

♪ ただひとつだけの愛に生命を捧げた
  あのマリモのように 湖に祈る ♪

ルミ子は何に祈っているのか。
自身も識らないのかもしれない。

ルミ子は、遥かな「雲の墓標」に、
遠い「父」の記憶に、
祈っているのだ。

愛に殉じた人々に。

   ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

2009年6月6日土曜日

輝いて ルミ子    by

ルミ子をおんぶして、汐風の当たる板壁の苫家を出る。
夕立が上がった軒陰には、白い朝顔がつぼんでいる。
緩やかな坂道を降りると、百道の砂浜が広がる。
西の夕焼けを見上げると、予科練の訓練基地のあった糸島の空が望まれる。

♪ 若い血潮の予科練の 七つボタンは桜に錨 ♪

砂遊びをするルミ子のそばで、若い父親は「若鷲の歌」を唄った。
予科練の軍歌演習でよく唄った。
上官から声量の豊かさを褒められたことを覚えている。

ルミ子は砂遊びの手を止めて切れ長の瞳を見開く、唄う父を凝視する。
父の歌がルミ子に強い力で吸い込まれるようだ。

ルミ子の唇が、かすかに唄う。
ルミ子の全身が、光を纏うように輝く。

「ルミ子は唄うと輝くのか!」

父は、人が光を放つことがあることを、
再び帰り来ぬ零戦に乗り込む先輩兄鷲達の、
最後の姿で知っていた。

♪ 生命惜しまぬ予科練の 意気の翼は勝利の翼 ♪

父の唄う「若鷲の歌」こそ、ルミ子の音楽性の原型をかたち創ったのである。
このときルミ子は日本歌謡界の至宝となるべく宿命(さだめ)られた。

ルミ子1歳の季である。