ルミ子をおんぶして、汐風の当たる板壁の苫家を出る。
夕立が上がった軒陰には、白い朝顔がつぼんでいる。
緩やかな坂道を降りると、百道の砂浜が広がる。
西の夕焼けを見上げると、予科練の訓練基地のあった糸島の空が望まれる。
♪ 若い血潮の予科練の 七つボタンは桜に錨 ♪
砂遊びをするルミ子のそばで、若い父親は「若鷲の歌」を唄った。
予科練の軍歌演習でよく唄った。
上官から声量の豊かさを褒められたことを覚えている。
ルミ子は砂遊びの手を止めて切れ長の瞳を見開く、唄う父を凝視する。
父の歌がルミ子に強い力で吸い込まれるようだ。
ルミ子の唇が、かすかに唄う。
ルミ子の全身が、光を纏うように輝く。
「ルミ子は唄うと輝くのか!」
父は、人が光を放つことがあることを、
再び帰り来ぬ零戦に乗り込む先輩兄鷲達の、
最後の姿で知っていた。
♪ 生命惜しまぬ予科練の 意気の翼は勝利の翼 ♪
父の唄う「若鷲の歌」こそ、ルミ子の音楽性の原型をかたち創ったのである。
このときルミ子は日本歌謡界の至宝となるべく宿命(さだめ)られた。
ルミ子1歳の季である。
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